あなたが沈んだの沼の正体へ、ようこそ。

ジャパンコーヒーフェスティバルin宇治市植物公園より考える「沼の正体」

今回は【人を狂わすコーヒーの沼】をテーマに、「澄んだ沼 ~ブラジル グアリロバ農園~」をお届けしました。


このコーヒーの面白さは、品種や焙煎、抽出だけにとどまりません。産地で、コーヒーの実をどのように発酵させ、どのように乾燥させるのか。

その一つひとつの工程にも、コーヒーからさまざまな植物を彷彿とさせる複雑な香りや味わいを引き出すための工夫が凝らされています。

コーヒーは、畑で収穫された時点ですべてが決まるわけではありません。収穫されたコーヒーの実は、その後の精製や発酵、乾燥という工程を経て、生豆というコーヒー豆の原料になります。同じ農園で育ったコーヒーであっても、品種や収穫した実の状態、そして収穫後の扱い方によって、カップの中に現れる香りや味わいは変わっていきます。グアリロバ農園が探求しているのは、こうした収穫後の工程が生み出す可能性です。

ブラジル・ミナスジェライス州に位置するこの農園は、19世紀から5世代にわたってコーヒー栽培を受け継いできたそうです。伝統を大切にしながら、最先端の発酵技術を取り入れ、果実や花、スパイスを思わせる多彩な香りを追求しています。その一杯を理解するために、今回は「アナエロビック」と「ブラックハニー」という、ふたつの言葉に注目してみました。

「アナエロビック」とは、酸素の少ない環境で発酵を進める方法のこと。日本語では「嫌気性発酵」と呼ばれます。コーヒーの実や、豆の周りに残る果肉などには、糖分をはじめとするさまざまな成分が含まれています。発酵の過程では、微生物の働きによってそれらの成分が変化し、コーヒーの香りや味わいにも影響を与えます。アナエロビックでは、酸素を抑えた環境をつくることで、通常とは異なる条件のもとで発酵を進めます。もちろん、ただ長く発酵させればよいというわけではありません。発酵の進み方を見極め、温度や時間、微生物の働きなどを管理することが大切です。

グアリロバ農園では、バイオリアクターなどを活用し、発酵を管理しながらコーヒーの品質や香りを追求しています。ここで面白いのは、香りを後から加えるのではなく、コーヒーそのものが持つ成分に、発酵という働きかけを行うことで、香りの可能性を引き出していくということです。同じコーヒーでも、どのような環境で、どのように発酵させるのか。その違いが、一杯の中に新しい表情を生み出していきます。

もうひとつの特徴が「ブラックハニー」です。コーヒーの実は、外側の赤い果皮や果肉を取り除いたあと、種子の周りに粘り気のある層が残っています。これを「ミューシレージ」と呼びます。ハニープロセスは、このミューシレージを残した状態で乾燥させる精製方法のひとつです。名前に「ハニー」とありますが、実際にはちみつを加えるわけではありません。豆の周りに残る粘り気のある層に由来する呼び名です。ブラックハニーは、そのハニープロセスの一種。ミューシレージを残し、乾燥の進み方を管理しながら時間をかけて仕上げていきます。

またグアリロバ農園のロットでは、ゆっくりとした乾燥工程Slow Shade Dry(スロー・シェイド・ドライ)が採用されています。約40日かけて陰干しでじっくりと乾燥させます。乾燥は、単に水分を抜けば終わりという工程ではありません。乾燥の速度や環境を管理することも、最終的なコーヒーの甘さや質感、香りの印象に関わってきます。発酵によって変化を引き出し、乾燥によって豆を仕上げる。このふたつの工程が、それぞれ異なる役割を担いながら、一杯のコーヒーの個性を形づくっていくのです。

私たちがこの一杯を「香りの沼」と呼んだのは、ただ珍しい製法だからではありません。同じ一杯でも、どこに意識を向けるかによって、感じ方は少しずつ変わります。ひとつの香りを見つけたら、その奥には何があるだろう。そうやってもう一度味わいたくなる。香りを追いかけること自体が、楽しみになっていく。それが、今回取り上げた香りの沼です。

もっと沼を体験したい方へ

同じ豆でも焙煎度合いが少し違うだけで異なる味わい。
ぜひ次の2種類を飲み比べてみてください。